1600年

関ヶ原 島左近 陣地

石田三成にはもったいないと


世間から言わしめたほどの男が


笹尾山の麓で陣を張り

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人生最後の戦いを迎えます。

1600年(慶長5年)9月14日、、

徳川家康率いる東軍の部隊が

 

続々とここ、関ヶ原に集まってくる、、、。


IMG_1767


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その、、

決戦前日には西軍の士気をあげるため

島左近と宇喜多家家臣の

明石全登らが杭瀬川で奇襲をかけ

これに大勝利したという。

IMG_1772

しかし、、、島左近 

若いイメージあったんですが

もうこの頃還暦!?

、、結構いいお齢で

石田三成より20歳も年上だったんですね。



想像ですけど島左近は、、

クソ真面目で頭は切れるが

危なっかしい20歳も年下の殿を

ずっと温かい目で見守り

助けてやろうという気持ちもあり


三成を

息子の様に感じていたのかもしれませんね。






そして決戦当日9月15日、、、

夜明けから東軍との戦いが始まるなかで

最前線に立ち

死を恐れず

鬼神のような働きぶりで


東軍の名もない兵士たちは

後ろからはきっと

上司からはいけといわれ、、

いやいけと言われても、、、、

目の前には鬼の様な

男が狂ったように暴れまわっている状況、、


想像するとたまらんですよね、、、、

いきたくない、、、


IMG_1764


だがその島左近の最後は

 

黒田長政軍か田中吉政軍に突撃したとき

鉄砲隊の銃撃により

壮絶な討ち死にを遂げたというが、、、



、、、だがしかし

合戦後に彼の亡骸は見当たらず、、、

sakonn


、、、噂では関ヶ原で死なず

戦後に京都やら静岡やらで

彼を見かけた人もちらほらいたという、、

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