東濃に向かう道にある
もう今は廃城となっている
山城の麓には
関ヶ原の合戦ののち
千村氏が
旗本として明治の世になるまで
このあたりを治めていたといいます。
その時代のもっとまえ、、
源氏の血統を受け継ぎ
室町幕府が開かれたばかりの
今の岐阜あたりは
初代美濃守護大名として
土岐頼貞が支配していたという。
その跡を継いだのは
頼貞の息子であり
婆娑羅大名と呼ばれた
土岐頼遠。
彼もまた
美濃守護大名として数多くの戦功を挙げ
将軍足利尊氏を支えたというが
、、
何を考えていたのか、、
ときの上皇様に
犬だの何だの叫びながら
弓矢を射かけるという
とんでもないことをしでかし
処刑されたといいます。
だが足利尊氏は
これまでの土岐氏の
功績を認めており
美濃守護を安堵。
そして三代目美濃守護となったのは
頼遠の甥であった土岐頼康。
彼もまた足利尊氏に従い認められ
ついには美濃だけでなく尾張、伊勢と
東海三県の守護大名として君臨することとなります、、
、、土岐氏の絶頂期というのは
はたして
このあたりなのかもしれません、、、
このあとから、、
土岐氏はあまりに強大な力を持ったことで
あの足利義満に目をつけられたり
大人の都合?で
わずか9歳の少年が
美濃守護大名と
なってしまったことをきっかけに
そのまわりにいる
守護代やらなんやらが群がり
そのうち
斎藤妙椿という武将が
美濃を実質的に支配したり、、
そして、、あの美濃の蝮がでてきて
美濃国を奪い取ったと思ったら
ついには
木曽川を挟んで南の尾張から
美濃国どころではない、、、
日本地図を激変させた
魔王の如きとんでもない男が現れる、、、
それはともかく
岐阜県可児市にある
山城の趾、、、、
入り口にはこんな感じ、、、
廃墟となったこのあたりの山城には
こんな看板多いんでしょうが
(いくほうの身にもなってほしい、、)
ご注意といわれても、、
出たらどうしろというのか、、、、
、、、
しかしご注意しながら
この城跡を、、
気配を消しながら
ちょっとはや走りで
登る、、、
三代目守護である土岐頼康の弟
土岐康貞が
築城したといわれるのが
このお城。
その康貞の異名こそ
土岐悪五郎、、
だいぶ前に、、
墨俣城の近くにある
康貞の墓に行ったなぁ、、、
和尚さん面白かった覚えがあります、、
このまま、、、
悪五郎の名と
久々利城は
康貞の子孫が引き継いでいき
時を経て
大きな転機を迎えるのは戦国の世、、
美濃は斎藤道三の治世において
道三の妾の弟が
家臣であった?ことが縁で
斎藤正義という武将、、
美濃から東濃への入り口のような場所に
烏峰城(のちの金山城と呼ばれるお城)
を築きこのあたりを支配する、、
その配下として甘んじていた
久々利城城主 久々利頼興。
二人がどんな関係であったのか
知る由もないけれども
頼興は
その斎藤正義を、、
ある日、宴に招いて
殺してしまったという。
、、、そこで激怒すべきは
おそらく
斎藤道三だったと思うが
どうも頼興は
咎められることもなかったらしい、、。
しかもその烏峰城は
頼興のものとなったといいます。
そのあと
長篠の合戦から、、
織田徳川連合軍は
武田家を瀕死の状態にし
織田信長の美濃侵攻により
東濃に城を持つ城主たちは
織田家の家臣となったはいいが
本能寺の変が勃発したことで
この東濃あたりの城主たち、、、
一気に織田家に反旗を翻したという。
そこで現れたのが
あの鬼武蔵と呼ばれる
森長可。
そのころ
この東濃あたりを治めていたというが
織田家が
武田家を滅亡させてから
越後の上杉景勝を牽制し
旧武田領である
政情不安定な信濃において
国衆を統べるべく
奮闘するさなか、、
織田信長の死により
東濃の武将たちの
裏切りの連鎖により
窮地に立たされる、、
だが長可は
なんとか信濃から美濃まで逃げ戻り
態勢を立て直し
そのあと、、、織田家を裏切った
東濃の勢力を
一つづつ撃破していく過程において
ここ、久々利城の城主悪五郎頼興、、
近所の、、、一緒に裏切った
東濃近辺にある城が
長可により次々と
踏み潰されていく、、、、
そのあいだ
悪五郎は何を考えていたのか、、、
しかしその悪五郎、、、
あるとき
鬼武蔵から
和睦を持ちかけられたという。
それを受けた悪五郎、、、
そのあと、、、
かつて自分が行った所業が
まさか自分も受けるとは
夢にも思わなかったのかもしれません、、
1583年(天正11年)の
お正月にお祝いをするから来てくれと
鬼武蔵にお誘いを受けた頼興、、
かつては烏峰城と呼ばれた
金山城において
宴が開かれた、、、
だが、、
頼興はこの宴のあとの帰り道に
暗殺されてしまったという。
そして、、
これも因果か、、、、
最後の悪五郎であった
頼興を
殺したのは、、、
かつて頼興が殺した
烏峰城城主 斎藤正義の
孫であったという、、、、。
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