1560年

織田信長公像 清洲公園

若き日の彼の視線の先は、、、、、

桶狭間の方向を見据えているという、、、

この凛々しい銅像。

現在ある清洲城から橋を渡ると

もともとあった清洲城の趾があり

これは井戸の跡でしょうか?

高架下を歩くと

辿り着いたその先の

公園の中にありました。

 

永禄3年5月12日、、、

今川義元が尾張を目指し駿府より西進。

先進するは今川方である

松平元康、、、

のちに徳川家康となる男。

 

 

その報を聞いた織田信長、、、

 

清洲城にて籠城か、出撃か

5月19日午前3時、、、

今川軍が丸根砦、鷲津砦に

攻撃開始の報を聞いた

その瞬間、信長は何をどう思い

未来を描いていたんでしょうか。

 

飛び起きて

あの有名な人間五十年〜

の幸若舞「敦盛」を舞い

午前4時に清洲城から出陣。

午前8時に熱田神宮に到着し

戦勝祈願をしたそうです。

この銅像のそばには濃姫の銅像があり

彼を見つめています、、、

パワースポット、、、、

看板を見ると彼女の実像は

わかっていないとかなんとか、、、(なんのこっちゃ)

 

まあ、、、

夫婦愛が伝わるということで、、、

こんだけ毎日暑いとなんでもどうでもよくなってきますね!

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