1525年

丸毛兵庫頭 稲葉備中守等 奮戦の地

岐阜県養老町にあります。

1525年(大永5年)に

牧田合戦という

IMG_1841

美濃国牧田において

 

守護大名である京極家の一家臣に過ぎなかった男が

彼もまた戦国の下克上を体現し

北近江覇権を握ることとなったという

浅井亮政(浅井長政のおじいちゃん)率いる

近江勢と

 

これを迎える美濃国守護大名の

土岐頼芸が率いた軍勢との

合戦の地だそうです。

IMG_1838

ちょうど、土岐頼芸は兄、頼武との家督争いで

バタバタだった時期で

それに介入しようと浅井氏が美濃へ侵攻したそうですが、、

 

、、、、踏ん張る美濃勢

石碑に彫られた

丸毛兵庫頭、稲葉備中守を中心に

激戦が繰り広げられ

ここで奮戦し両軍引き分けとなったそうです。

しかし、この石碑は地元の人か

よほど歴史とか好きな人でないと、、、

たまたま通りがかったらなんかある!?て

場所にある、、、

 

しかも駐車場もなく

車もブンブン走っている場所に

こんな石碑があるとは

 

石碑になり、のちの人々に伝えていきたいという

強い気持ちが

建てた人から伝わります。

 

よほど凄まじかったんでしょうね。

IMG_1840

丸毛兵庫頭ですが、斎藤家から織田家、豊臣秀吉に仕え

美濃福束城城主となったそうです。

 

そして稲葉備中守は

なんと息子五人と出陣しますが

 

全員討死したという、、、、、

 

、、しかし合戦には参加せず

 

お寺に出家していた末っ子が一人残っていた、、、

 

のちの名を

稲葉一鉄。

 

ここから彼は還俗し稲葉家の跡を継いで

歴史の表舞台に出ることとなる、、、

 

 

運命とは分からんもんです。

 

そして冒頭に出てきた土岐頼芸も、、、

ゆくゆくは兄、頼武を美濃から追い出し

美濃一国の大名になりますが

 

まさか、信頼していた部下に

いずれ美濃一国を乗っ盗られ、自分が追放されるとは、、、

夢にも思わなかったと思います。

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