1558年

浮野古戦場 浮剕首塚 

愛知県一宮市にある

合戦跡、、、。

 

尾張の国の片隅で

小さな大名の後継として生まれた

織田信長。

 

父、信秀が死に

家督を継いだのが18歳の頃、、

IMG_8387

どう読めば うぐいすなのか、、、

、、、それはともかく

謀略をもって

 

少しづつ彼は

尾張の版図を広げようとしている、、、

 

もともと尾張の国の守護大名であった

斯波氏は潰され

尾張下四群の守護代

織田信友を殺し

 

そして、、弟である

信行を殺害し

自分が生きるために

留まることなく

突き進んでいく信長。

 

ついには

尾張の残り半分の

IMG_1872

上四群を支配している

織田信賢と

ここ浮野で

IMG_1875

尾張統一を賭け激突します。

(、、看板みてください。なんだかどえらい場所にいる気がします、、、)

 

信長は犬山城主 織田信清の助勢を得て

約半日に渡る激戦の末

織田信賢軍を撃破。

 

信長軍は敵の首900?1200?余りを

討ち取ったそうです。

 

IMG_1876

この戦いのあと

尾張を統一しつつある信長は

1559年(永禄2年)に上洛。

 

室町幕府の将軍であった足利義輝に拝謁。

しかし、ここから信長の

天下布武へ繋がっていく

闘いが始まり

 

息つく暇もなく

 

東から

とてつもない脅威が訪れます。

 

 

その脅威とは、、

 

海道一の弓取りと

呼ばれた戦国大名

今川治部大輔義元。

 

そして

敗軍となった織田信賢軍は、、、、

次回に多分続く、、、

 

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。



















記事をメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。




  1. 1495年

    正法寺 跡
  2. 1604年

    大島雲八の墓
  3. 1352年

    土岐悪五郎の墓
  4. 1548年

    三井山城
  5. 1559年

    郡上八幡城
PAGE TOP