1515年

本郷城 趾





1515年(永正12年)

ここで、美濃三人衆と呼ばれたひとり、稲葉一鉄が生まれたらしいです。

彼が生まれるもうすこし前の

時代、、、、

 

この城跡は

以前紹介した小島城城主の土岐康行が

足利義満と戦い敗れたのち

 

後釜として

土岐頼忠が美濃守護職になり

築城したという城。

その後

部下の国枝為助がこの地を治めていたそうです。

国枝為助

美濃守護職である土岐氏の跡目争いから

(土岐氏は身内のそんなんばっかりですね、、、

この時代はどこもか、、、、、)

船田合戦と呼ばれる戦いで敗れ、討ち死に。

息子正助は

 

没落した国枝家をなんとか守り、、、

土岐氏の身内争いが続くなかこの地を守り、

少しづつ力を蓄えていったそうです。

 

そして正助の次の城主

国枝宗竜。

 

彼もまた、戦乱に巻き込まれます。

 

こちらも以前紹介した牧田合戦。

近江の浅井亮政が美濃侵攻を図ったあの戦いで

稲葉備中守は討ち死に。

国枝宗竜も戦死したそうですが

 

奮戦の戦功を讃えられます。

 

その後

 

関ヶ原の合戦時、城主であった国枝政盛。

 

西軍についたことでこの城は焼き払われ

国枝氏は再び没落しその後は這い上がることができなかったようです。

 

戦国時代の前も戦ばっかりやん、、

なんともこの時代、あまりスポットも

あたることもなく

よく知りませんでした、、

こんなふうにいろんな土地土地でも

小さな豪族とかに色々なドラマがあるんでしょうね。

いやこんなふうにと言えるほど勉強してるわけではではありませんが、、、

 

 

また色々探してみます、、

 

しかしネットとかでも、調べているうちに

 

知らない人名や漢字が並ぶと頭がおかしくなりそうです。

 

酒飲んで寝ます。






 

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