1165年

三十三間堂





、、、かつて宮本武蔵が

吉岡伝七郎とこの場所で決闘したという、、、、。

(あの週刊誌でやっていた有名な漫画は終わってしまったんでしょうか、、、、?あれもう20年くらい前から始まっていますよね、、、、なんとか生きてるうちに続きをみたいな、、、)

 

正式名称は蓮華王院本堂と呼ばれる仏堂。

三十三間堂と呼ばれ

造ったのは、、、

平安末期の

久寿二年(1155年)7月に第77代天皇として即位した

後白河天皇。

父、鳥羽上皇が崩御したあと

兄である祟徳上皇と

保元の乱にて戦い勝利。

天皇としての在位期間はわずか3年、、、

その後は上皇として

藤原氏やら源氏やら平氏やらの勢力との関わりのなかで揉まれながらも

院政による政治を行い皇威を守ろうとしたといいます。

 

しかし平治の乱で敗北した後白河上皇を救ったのが

この時強大な力を持っていた平清盛、、、

彼は後白河上皇を助け、、、

その代わりに清盛は

平家一族の地位を高め、じわじわと政治的な影響を強めていきます。

 

その後白河上皇の院政を行う宮殿とした御所

法住寺殿があった跡に

ここ三十三間堂は仏堂として造られたそうです。

(資金はほとんど平清盛が捻出したそうで、、ある意味平清盛が造ったのかもしれませんね)

 

んで、、中に入ると圧巻の千手観音が1000体(1001体?)もずらりと並んでいましたが

やはり内部の写真はNGだそうで、、、外観だけ、、、

、、、なんだかややこしい時代で

(この時代もいつの時代もややこしいですね!あっ今もか、、じゃあこの先もきっと、、)

 

あの藤原氏や平清盛、源義朝という有名人と絡み合いながら

手玉にとり、、

軍事の天才と呼ばれた

源義経を口車でそそのかし、破滅の道へと追いやっていく。

果ては

鎌倉幕府の棟梁、源頼朝とも渡り合うという、、

この時代の歴史のストーリーには

必ず出てくる

後白河法皇と

よばれた彼の人生もややこしく

もともと天皇となる予定もなかったそうです。

それまでは遊びまわっていたようで、、、

 

しかし天皇家の跡目争いに巻き込まれてから

彼の波乱万丈の人生が始まります。

成功と挫折や失敗を味わいながらも

生きていくなかで

世を知り人を知りながら、、、少しづつ学び、築き、、、

 

武士の時代が始まるなかで、、、

影に隠れながらも、彼なりにしたたかな人生を送っていたように思えます、、、




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