1556年

明智城 

「麒麟がくる」

再来年の大河ドラマの主人公となる男は

ここ、明智城で誕生したそうです。

(他にも生誕伝承の地があるみたいです)
IMG_2202

彼は織田信長に仕えるまでの前半生は
謎に包まれ、分からない事が多いそうです。

IMG_2205

もともとこの城は

長山城と呼ばれ

美濃守護大名であった

土岐頼清の次男

頼兼が

1342年に築城。

代々その子孫が居城にしたとされますが

IMG_2199

斎藤義龍。

美濃守護斎藤家の嫡男として

斎藤道三から

家督を引き継ぎ稲葉山城の城主となります。

しかし、、、、、

父、斎藤道三から無能と評され

常に疎まれて

馬鹿にされてきたようです。

また斎藤道三が

本当の父親かどうかも定かではないという噂も彼の耳には入ったことでしょう?

とどめは、、道三は美濃一国の大名である
義龍を廃嫡し稲葉山城の後継者を替えようとします。

、、、、ついにブチギレた義龍

(なんか気持ちは分かりますよね、、、、

気持ちは、、、そりゃ切れるわ、、

なんとなくですが)
IMG_2200

これまで積み重なった

鬱憤もあったと思います。

道三を倒すため

長良川にて戦うことになったのです。

 

マムシと呼ばれながらも

下克上を果たした男の最後は

どんな思いが脳裏をよぎったんでしょうか。

そして

当時の明智城代であった

明智光安、、

彼の妹が道三の正室だったこともあり

道三とは切っても切れない関係のなか

同じ時期に義龍は

ここ、明智城に攻め込み

この城を落城させたそうです。

明智一族はこの時点で滅亡。

しかし、、
IMG_2188

甥であった

光秀。

彼は斎藤道三に仕えて

いたそうですが

いくあてもなく

この先

何が訪れるかも分からぬまま生き残り、、

尾張では

道三から死ぬ前に

国譲り状と言われる

遺言状を受け取った織田信長、、、

二人が出会うのは

まだ先のこと、、、

関連記事

  1. 1556年

    道三塚

    守護大名 土岐頼芸を美濃から追放した斎藤道…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。







ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

88人の購読者に加わりましょう







  1. 1832年

    ねずみ小僧次郎吉の碑
  2. 1553年

    聖徳寺 跡
  3. 1182年

    東尋坊
  4. 神話 伝説

    桃太郎神社
  5. 1495年

    正法寺 跡
PAGE TOP