1832年

ねずみ小僧次郎吉の碑

中山道、、、鵜沼宿から

加納宿の道すがら

 

いろは茶屋に泊まった

一人の女性を

救った男として

 

ねずみ小僧の碑(墓?)が

岐阜県各務原市に

なぜかあるとは

 

地元の人でも知らない人

多いんじゃないでしょうか?

IMG_1199

彼は

もともと鳶職をしていましたが

素行が悪く25歳で

父親から勘当され

ばくちのために

盗人稼業に手を染めます、、

 

一度は捕まったというが

反省せず

再び盗賊稼業に身を染める

ろくでもない人だったんですが

 

、、、こういう

いろは茶屋みたいな

エピソードがあるから、、?

 

人々の口伝に評判が伝わり

今でもなぜだか気をひく

何かが

ある気がします、、、、、、

 

 

彼は盗みに入るとき、、

町家は狙わず

武家屋敷を狙い

かなりの額を稼いだというが

 

その盗んだ金銀全てを

博打と放蕩に

使いはたしたらしい、、

 

あの、、噂でよく聞く

貧しいものにお金を配ったようなことは

なかったらしいです。

 

、、結局、、、

彼は江戸浜町松平家において

捕まって、、、

 

だが

どこからも被害届が出されないまま

市中引き回しと獄門の刑が下されます。

 

庶民にはまったく被害がなかったらしく

大名屋敷だけを狙い

 

徒党は組まない

一滴の血も流さない

一匹の鼠が縦横無尽に

江戸中を駆け回ったという、、、。

 

 

その

引き回しの時には

江戸っ子の粋?な気質?

を感じるエピソードがあり

鼠小僧は美しい着物と化粧までして

江戸の民衆の眼前に現れたといわれます。

 

なんだか

よく分からない

奉行所の配慮?があったとしても

よく考えたら後々評判になりますね、、、

、、、

、、そして

鼠小僧が死んだことがこの岐阜の地まで伝わると

IMG_1200

この碑(墓?)が建てられたという、、、。

 

有名人は日本中色々なところに

お墓ありますけれども、、、

 

それでも鼠小僧や石川五右衛門とか、、

「義賊」

と言われる人たちは

 

日本人の心になにか

響くものがあります、、。

 

ねずみ小僧次郎吉、、

今でも

講談や小説のネタになったりし

 

江戸からはるか離れた

岐阜県各務原市にある

お墓は、、、

 

歪な形でボロボロでしたが

昔、、 誰かが石を削ったんでしょうか?

 

今度、、、、、

少しだけ削ってこようか、、、

お守り?に

 

んで久しぶりに

パチンコでも行ってみようか、、、、

それとも

宝くじ競馬競輪競艇、、、、






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    岐阜県各務原市市民公園前駅の奥にある、、、、…

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