1553年

聖徳寺 跡

「聖徳寺の会見」

と呼ばれる

斎藤道三が、若き日の織田信長と

最初で最後の出会いを

果たした場所。

愛知県一宮市にあります。

かつては大きなお寺だったそうですが

今は堤防脇の片隅に

ひっそりと石碑がたっています。

 

斎藤道三。

下克上の体現者として陰謀の限りを尽くし

一介の油商人から

主君である守護大名土岐頼芸を追い出し

美濃の国を盗ってしまった男。

 

蝮と呼ばれたその男には

濃姫と呼ばれる娘がいました。

 

そして木曽川を挟み、尾張の虎と呼ばれる

織田信秀。

戦国大名として戦にまみれた

人生だったみたいです、、

かつて道三と何度も争いましたが

彼の息子である信長と濃姫を結婚させることで和睦します。

 

息子、信長はバカ殿で有名で世間から言われ続け

その噂を道三も耳にしたことだと思います。

天文22年(1553年)

道三と信長はここ聖徳寺で会い

 

「彼はうつけではない、、、、」

 

ここから道三の信長に対する

評価は変わったそうです。

 

結果として大躍進を遂げ、天下統一を果たすまでになる

織田信長の

有名なエピソードですが

もし、彼が若いうちに信長が暗殺されたり戦死したりしてたら、、

 

バカ殿のまま歴史に名を刻んでいたのでしょうか、、、

そしてこの会見から3年後、斎藤道三は

 

自分の息子である斎藤義龍に

 

長良川河畔で無惨にも

殺されることとなるのです、、、



 

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