1390年

小島城 趾





「天空の茶畑」

と呼ばれる岐阜県揖斐郡にある城の跡。

 

景色たまらんです!

登るのに疲れました。

 

 

足利幕府で栄華を誇っていた

三代将軍足利義満。

このとき

 

小島城の城主であり

尾張、美濃、伊勢の

守護大名であった土岐康行に対し

脅威を感じ

義満は土岐氏の弱体化を図ろうと画策します。

 

ちょうど義満のそばに仕えていた

康行の弟の土岐満貞。

満貞は満貞で結構な野望を抱いていたみたいで

 

義満の命令によって尾張を

突然満貞に与えると言ったそうです。

 

しかし康行は納得いくわけないです。

そしてそのとき尾張の「守護代」であった

康行のいとこの土岐詮直。

もっと納得いかない。

 

義満の命により尾張守護職となった

満貞。

そして守護代を突然奪われた詮直。

 

尾張黒田宿(前紹介した黒田城のあたりでしょうか??)

 

で決戦しますが

 

満貞は負け、負けたら負けたで

今度は義満に

康行と詮直に対し謀反をしていると訴えたそうです。

 

本腰を入れた足利義満。

 

今度は康行の叔父らが土岐康行の征伐を命じられるという

身内だらけの戦いのなか

 

康行は小島城で挙兵し敗れます。

康行は戦後、守護を外されますが

義満に許され、結局伊勢守護となったそうです。

そして理不尽な扱いを受けた

土岐詮直。

 

彼は敗戦後、没落し悶々と日々を過ごしていましたが

義満や満貞を許せなかったみたいです。

また自尊心を守るべき何か強い思いがあったんでしょうか?

 

1399年(応永6年)

関西の方で反乱を起こした

大内義弘。

その勢いに乗って詮直も再び美濃で挙兵。

 

しかし今度は

いとこであった土岐頼益と美濃長森で決戦。(身内ばっかやん、凄いな)

 

詮直は敗れ、戦死。

 

 

土岐氏という鎌倉時代からずっと続いている武家。

岐阜は斎藤道三とか織田信長とかが有名ですが

よくよく調べると(にわかですが)

なかなか面白い人たちがいるようですね!

 

ブログ新しくなりましたが

まだまだ勉強不足なので宜しくお願いします。

 

ところで、野心を抱いていた土岐満貞。

彼は明徳の乱という戦いにおいて

結局なんか、卑怯な振る舞いをして

 

以後、消息不明、、、、。

なんのこっちゃ、、、



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  1. 1573年

    長浜城と「おかねさん」 碑
  2. 717年

    養老の滝
  3. 1545年

    黒田城 趾
  4. 1887年

    学習院長官舎
  5. 1564年

    竹中半兵衛重治公 像
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