1545年

黒田城 趾




愛知県一宮市にある

山内盛豊

という

IMG_1863

尾張上四群の支配者

織田信安に仕えていた彼は

息子の信賢に仕えて、、、、

浮野の戦いで

織田信長軍と戦って死んだか

黒田城が夜討され
息子の十郎と戦死したのか

それとも織田信賢軍のもとで

包囲され
岩倉城で死んだのか。

いずれにせよ

織田信長の尾張統一の

ストーリーのなかで

小さな城の城代として

命を亡くしましたが

しかし

土佐一国の藩主となった男の

父親となるのです。

ここ黒田城で過ごし

彼の三男である

IMG_1865

山内一豊。

この地で誕生したそうです。

山内家も

まだ将来定まらず、、、、

結局浮野の戦い後は

一豊の兄弟は離散、、、、

一豊も若い頃は苦労した様です。

彼はしかしここから

苦労に苦労を重ねながらも

羽柴藤吉郎秀吉に仕え

、、、少しずつ少しずつ
成長していくのですが、、、、

この
IMG_1866

銅像

IMG_1867

ちょっと!おかしくないですか?(笑)

可愛すぎて、、、、

行けば分かります、、、、

ちょっと笑ってしまいました、、、

IMG_1868

妻である千代も

一豊の嫁になった歳は

今だったら(世間では、、、、)

分かりませんが

大騒動ですね、、、、

昔はすごいな。

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  1. 1567年

    黄金の織田信長 像
  2. 1545年

    黒田城 趾
  3. 1600年

    北塚
  4. 1866年

    河合耆三郎の墓
  5. 1832年

    いろは茶屋 犠牲者供養碑
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