1586年

向牧戸城 跡




越中征伐と呼ばれる

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小牧長久手の戦い後に 徳川家康を屈服させ
四国の 長宗我部元親を攻略し

少しづつ天下を自らのものにしていく過程で

勢いのあった羽柴秀吉。

次にターゲットに選んだのは

佐々成政。

彼は越中富山城を本拠地として

抵抗を試みます。

同時に秀吉は飛騨攻略を

金森長近に命じてその攻略中に

彼は、ここ向牧戸城を攻めるのです。
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今年の1月に行きましたが、とてもじゃないけど

雪が積もって、登りきれず途中で断念、、、

本丸跡までは辿り着けない。

そしてこの向牧戸城を治める

飛騨国の大名

内ヶ島氏理、、、

彼は向牧戸城に家臣、川尻氏信を守りの要に置き
金森長近軍の侵攻を防ごうとしますが

川尻氏信はあっさり降伏。
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そのために

内ヶ島氏理は

居城である帰雲城を奪われますが

金森長近の力添えもあり、秀吉から許され

所領の安堵をされます。

許された内ヶ島氏理、、、

秀吉との和睦が成立し

宴の席が帰雲城で開かれます。

もう城を奪われたときは人生終わった、、と思ったでしょうね。
寛大な秀吉の処置で彼の喜びはいかほどだったでしょうか!

しかし、あっさり向牧戸城を明け渡してしまった
川尻氏信は

氏理の怒りを買ってしまっており

宴の席には呼ばれません。

それが天正13年、11月29日。

この日が彼らの運命を分ける日となったのです。

そして帰雲城。

今は跡形もないです。
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しかしこの城趾には心惹かれるものがあります。

合掌造りで有名な世界遺産の
白川郷。

そこからさほど遠くない場所。

この城には夢とロマンが詰まった物語が今も続いているのです。







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